傍に居るというコト
なんかものすごく意気込んで出て行った時任を見送ってから数分後、ぼーっとベランダに出て煙草をフカしてると玄関のチャイムが鳴った。イヤ、鳴ったって言うよりは連打。アレ、カギ持ってかなかった? てか、ドアにカギなんて掛けないでしょう、時任は。
窓から見通せる玄関を眺めてる内に、チャイムの連打が蹴りに変わった。次は罵声かな?
「久保ちゃんっ! 開けろってばっ!!」
「……はいはい。」
一応ドアの破壊は免れたけど、両手いっぱいのコンビニ袋を下げた時任が右足を振り上げて立ってる。イロイロとギリギリな感じかなあ。
「どーしたの、ソレ?」
身体でドアを支えて、時任を促す。ついでに手にしたコンビニ袋のいくつかを受け取って、中身を確認しつつ訊いてみた。
「どーしたもこーしたもねーだろ。久保ちゃん、誕生日だろ?」
今日は何日だっけ? 誕生日なんて、記憶にすらないモンね。
「あ……、そうかも。」
「……そーかもじゃねーよ。」
すれ違いざまに時任が見上げてきた視線が本気でウンザリしてるみたいで、仕方なく苦笑で応えた。
ソファの前に放り出される袋からは、スナックや総菜、花火やらクラッカーなんかも出てくる。ソレも尋常じゃあない量。
「にしても、スゴイ量だね。買い過ぎじゃない?」
その大半は時任の好きなモンだけど。
「ンナコトないって。やっぱ誕生日パーティーは派手にやンねえとな。」
「そんなにめでたいモン?」
吸いきった煙草を灰皿代わりの空き缶にねじ込んで、新しいのを咥える。背もたれに倒れるように、大きくソファを鳴らして座った。
生まれたコトを無かったことにされてる俺としては、誕生日がめでたいモノだってコト、理解できない。まあ、ソレを負い目とかに思ったこともないけどね。レンタルビデオ借りるのに作るメンバーズカードに必要なくらいなモンでしょ?
「はあ?」
「ン?」
違うの?
「ナニ言ってンだよ、久保ちゃん。誕生日がなきゃ、久保ちゃんは居ないんだぜ? 居なきゃ、俺様とも逢えねーじゃん。逢えなきゃ、今、ココにこうしてふたりで居ないっつーの。」
「……。」
「ンだよ? 久保ちゃんは俺様と一緒に居たくねーのかよ?」
スゲー殺し文句。本人に自覚が無いところがまたそそる。ごめんね、ガマンできない。
俺の足下の床に座り込んでいた時任の、肘を掴んで引き寄せる。驚いて見上げてくる隙に噛み付くように唇を奪った。抵抗して胸を押す手袋の右手。その右手に俺の左手の指を絡めつつ力を込めながら、逃げ場を無くしていく。抵抗が緩んでから舌を差し入れると、溜まらずに漏れる吐息。
ひとしきり時任の口腔を味わってから、ゆっくりと解放した。
「な?! ナニしやがるっ!!」
しばらく呆然とした後、正気付いて言う台詞がコレですか。何って、そりゃあ。「プレゼント。」
「へ?」
「誕生日プレゼント。くれないの?」
軽い気持ちで言ったのに、目を逸らして思いっきり考えてる表情。さっきのキスでまだ頬が紅いところが艶っぽい。
「やらなくは、ない。」
「ずいぶん遠回しな言い方だなあ?」
実のところ、もう貰ったつもりなんだけど。
「……ソコに座れ。」
「へい。」
相変わらず視線を合わせないままの命令口調に、大人しく従ってみた。座ってるけど、座り直す。
「目ェ、閉じる。」
「へい。」
あ、ダメかも。目の前にいるはずの時任が見えなくて、途端に不安になる。誰も居ないことに、見えないモノになってることに慣れてたのに。
ダレかが傍に居ることに慣れつつある。
「時任。」
「っわぁあ!? な、なんだよ……?」
鼻先で狼狽える時任と目が合った。傍に居る安心感。
「お前の誕生日ももうすぐだね。」
「……お、うよ。そーゆーコトになってんな。」
なんで顔を背けるかね? しかも、離れてくし。悔しいから釣ってみる。
「プレゼント、何がイイ?」
「ホラ、あのゲームの続きが発売(で)るじゃん。アレ。」
即答ですか? 釣れたけど、仕方ないか。イマ、一番嵌ってるゲームだしね。
「今有るのだって、お前、クリアしてないんじゃなかったけ?」
「ア・レ・はっ。ワザとクリアしないよーにやってんだよ……っ。」
「そりゃあ、タイヘンだあ。」
「……。」
ちょっと凹んだところで、時任の肩をつついてソファに上がるように合図を送る。時任が隣に座ったと同時に背もたれから腕を回して、微かに背中に触れた。見上げてくる真っ直ぐな目が、俺の中身を鷲掴みにする。
「俺じゃ、ダメ?」
「何が?」
「プレゼント。ご希望ならリボンでも付けるけど?」
ぐっと掴まれた感覚の心臓が痛くて、つい茶化しちゃう。それなのに何もかもを見透かしてる濃い色の瞳は逸らされない。
呼吸が、できなく、なる。
「ナニ言ってやがる。久保ちゃんは俺のモンだろ。俺様の傍に居てもイイのは久保ちゃんだけだし、久保ちゃんの傍に居てもイイのも俺様だけなんだよ。今更、久保ちゃんを貰ったところでなんも変わんねーって。」
――う、わ。死ぬかも。
煙草を落としそうになる俺をぎっと睨んでから、時任はいつもみたいに満面の笑みを浮かべた。
「まあ、久保ちゃんって美人だからリボン付けても似合うかもなーっ。」
横でケラケラと笑う時任を眺めて、初めて生まれたことを良かったと思う。
生まれたから俺は時任の傍に居られる。
生まれたから俺は時任に傍に居てもらえる。
こんな感情が俺の中に在ったのが不思議なくらいで。
「――時任。誕生日おめでと。それから、アリガト。」
抱きしめて耳元で囁く。時任はいつもみたく逃げないで、そっと俺の背に腕を回した。
「ダレかに自分が産まれたってコトを喜んでもらえるって、スゲーよな。」
「そーだね……。」
胸の中に在る体温に全身が温まる。夏の終わりの暑さなんて目じゃないくらい。
「……久保、ちゃん。」
「ん?」
「やる。プレゼント。」
コレだったんだ。目、開けずに待ってりゃよかった。
「――うん。」
俺もあげる。とっておきのプレゼント。
俺の全部。
一欠片も残さずに、全部受け止めて。
...end...
誕生日ネタ
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