plastics。


 寝室のパイプベッドの上で胡座をかき、リッターアイスの箱を抱えて久保ちゃんの背中を眺める。パソコンのディスプレイから溢れる派手めな光が、手前に座る人物の輪郭をくっきり辿っていた。
「ナニ、見てんの?」
「――悪質アングラ素人画像サイト。」
「はあ?」
 振り向きもしねーで、さらっと意味不明なコトをほざいたオトコは椅子の背を鳴らして大きく伸びをする。それから、ほとんど咥えっぱなしの煙草を指先で抓んでやっと俺の方を見た。
「んー、やっぱ時任の方がイイ。」
 台詞と行動が同時進行で、気付いた時にはベッドの上で壁際に追いやられてる。抵抗する隙さえなくて、鎖骨の温い感触に手にしていたアイスの箱を取り落としそうになった。顎に触れる髪の毛にさえ意識が持っていかれるのが口惜しい。
「わ?! ちょ……っ、やめ……ってば?! アイスがこぼれるー!!」
 途絶えそうになる声を必死に出して、自分の動揺をアイスにすり替えた。
 気が付くと手にしていたはずの最後の砦だったアイスの箱はどこかに取り上げられている。鎖骨から首筋に這い上がってくる久保ちゃんの唇の温度がなんか冷たくて息を呑んだ。久保ちゃんは固く閉じたままだった俺の唇の端を掠めてから少し顔を離した。
 堪えていた息を吐くと、正面に視線。眼鏡のレンズ越しの、ちょっとだけ不安を映した深い色の瞳。
「久保ちゃんのソレってさ、伊達だよな?」
 じっと真っ直ぐに見つめたままの俺を、同じように見つめ返す久保ちゃん。それから一瞬目線を上へ逸らせて、煙草を持ったままだった指先で眼鏡を直す。
「眼鏡(コレ)?」
「眼鏡(ソレ)。」
 カラダごと離れて壁にもたれるように隣に座った久保ちゃんは、流れていく煙を見送りながら呟くように言った。
「度は入ってないなあ。」
「じゃあ、なんで掛けてんの?」
 地雷だろーな。煙草が灰になったし。
 久保ちゃんはベッドの下を探って、持ち出した灰皿に短くなった煙草を押し潰した。微妙な間がくだらないイイワケを偽造する。
「ほら、だって、俺ってよく見るとイイオトコらしいじゃない?」
「意味わかんねーよ。」 
素っ気なく言って、避けられてたアイスの箱に手を伸ばした。
「時任の手袋(ソレ)と同じ。」
 箱に届く前に指を絡め取られる。手袋越しでも伝わる久保ちゃんの低い体温は、直に右手を握られているようだった。
「手袋(コレ)?」
 手袋と眼鏡のどこが一緒なんだよって言ってやろうかと見上げた先のオトコは、新しい煙草に火を点けながら口元だけで笑う。
「そ。在っても無くても俺の本質は変わんないけど、そっから先には踏み込んで欲しくない境界の顕れ。薄いプラスチックレンズ一枚の自己防衛のバリケード。」
「……久保、ちゃん?」
 度の無いレンズは部屋の照明を反射させて、ホントの表情を隠してた。
「時任は違うかも。けど、俺は臆病モンだから、さ。」
「……。」
 ぎゅっと握り締められる右手。この手は安心とドコか虞(おそれ)を連れてくる。
「ああ、でも、セックスの時は外すから安心して?」
 本気を隠す、茶化した口調。
「――ったく、ヒトがマジメに聞いてりゃすぐそーゆーコト言うっ。ぜってーさせねー。」
「なんだ、掛けたままの方がイイの?」
「ンナコト言ってねーって!」

 いつか、この手が――。

「時任なら、イイよ?」
「ナ、ニが……?」
 考えてることを見透かされて声が上ずる。ああ、だからか。
「時任なら簡単でしょ? プラスチックのバリケード、壊すことくらい。」
「言ってんじゃねーよ。誰にだってぜってー触っちゃいけねー場処ってのが在ることくらい、俺様にだって解ってる。それはお互いを護る為の暗黙のルールだっつーの。」
 久保ちゃんが眼鏡を掛けてる理由。それは――自分の内側を護るため。他人の内側に手出しできなくするため。俺の内側を見て見ぬふりをするため。
 見えなくするための眼鏡。
「久保ちゃんが自分で眼鏡外して、そんでもって俺に壊せっつーならいつでも壊してやるけどな。」
 バリケードは外からの攻撃を防ぐと同時に、内側で起こるスベテノコトを隠蔽する。見えない破壊は酷く残虐だと思う。けど、それは俺がどうこうできるコトじゃねーから。
 ぎゅっと握り替えしてやった繋がった手をふと眺めた久保ちゃんは、眼鏡の奥のただでさえ細い目をもっと細めて笑った。
「うん。」




...end...

皆様ご存じでしょうが、久保ちゃんは思いっきり目が悪いです。
スミマセン。

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